のりおの声

2015年8月

 連日猛暑が続いていますが、お変わりありませんでしょうか。
 国会は安全保障法制の審議の舞台が参議院に移りましたが、相変わらず風当りは強いままのようです。内閣支持率も支持と不支持が逆転してしまいました。
 私自身は、憲法で許される範囲内、つまり専守防衛に相当する範囲での集団的自衛権の行使は認められるべきであるとの立場ですが、どうもこの法案をめぐっては先に日米防衛協力ガイドラインがまとめられたことで順番が逆転してしまったような気がして仕方ありません。
 日本及び東アジアの安全保障は、米国の関与に大きく負っていることは言うまでもありません。もちろん米国は今でも世界一のスーパーパワーであることは間違いありませんが、軍事予算の削減や国内の厭戦気分もあって、米軍の直接的な軍事的関与をできる限り減らしたがっているのも間違いありません。
 10数年ぶりに改定された日米ガイドラインは、米国側にとっても、また湾岸戦争以来の、お金しか出さずに感謝されなかったというあのトラウマを引きずっている一部の政府関係者にとっても絶好のチャンスだったと思われます。また、これを機会に集団的自衛権の実現に向けて一歩も二歩も前に踏み出すことにしたわけです。おそらく、これは私の勝手な推測ですが、今回の日本側の対応は米国の予想を上回るほどのものだったのではないでしょうか。
 湾岸戦争の頃、私自身もワシントンの大使館に勤務しており、仕事柄、輸送関係の業務にも関与していました。トラウマというほどではありませんが、お金だけ出して、自国の飛行機も船も出さないという事態も目の当たりにしてきました。
 その後、日本は米国の一部の人達から“show the flag”とか“boots on the ground”とか言われたこともありました。トラウマ派の人達にとっては、日米同盟をより深化させて、言ってみれば、日本がアメリカにとって、イギリスやオーストラリアやカナダのような国になるためには何をすればいいのかがずっと懸案になっていたのではないでしょうか。
 しかし、皮肉なことに、つい最近ウィキリークスが、アメリカが日本政府や企業の通信を盗聴していたことを暴露しました。またその情報をイギリスやオーストラリアにも流していたそうです。これが事実なら、正直哀れを誘う話ではありませんか。トラウマ派は、イギリスやオーストラリアと同じ立場になるために日米同盟を深化させるんだと言うのでしょうか。
 日米同盟は重要だし、集団的自衛権も必要最小限認められるべきだと思います。が、日本は独自の立位置でそれを追求すればいいのではないでしょうか。固定観念に捉われた思考停止でなければいいのですが。

2015年7月

 国会では安保法制の審議が続いています。国会の会期も9月27日までと大幅に延長され、今年は夏休みも取れそうもありません(涙)
 それにしても、安保法案をめぐる最近の一連の騒動については、自民党内でもいろいろな意見がありました。
 法案の内容についての議論はさておき、若手の勉強会での発言やそれを巡る処分は、どうしてこんなことが起こったのかよく考えてみる必要があると思います。
 まず、報道規制や一部のマスコミに対し圧力を掛けろというような発言は、国会議員たるべき者の発言とは思えないくらいです。しかも、それが法案の後押しをする応援団的な勉強会の場でなされた訳ですから、笑い話にもなりません。いくら非公開の勉強会の場でのこととは言え、言っていいことと悪いことがあるのではないでしょうか。私は、国会議員たる者、自分の意見や見識はもちろんですが、最低限の品位と節度も求められると思います。まして与党の議員は一層の謙虚さがなければならないのではないでしょうか。
 多数を占める与党だから、しかも現政権の応援団だから何を言ってもいいなどと思っているとしたら、それはおごりでしかありません。今の2回生議員の人達は順風の中で行われた選挙の経験しかありません。しかもまだ二年半しか経っていないのです。何を言いたいかいうと、国会議員という立場、地位を少し軽く見ていることはないかということです。
 もう一つは、これはもっと根源的で、ひょっとするともっと深刻な問題かもしれませんが、世の中に民主主義そのものを軽視する傾向が見られるのではないかということです。判断や決断をするのに、即断即決が良しとされ、時間をかけて議論することを優柔不断だと断ずるような風潮が強まっているような気がしてなりません。インターネットの投稿など匿名で言いたい放題ができるようになったことも原因の一つかもしれません。
 民主主義というものは時間もかかるし、説得する手間暇もかかるし、何事にも迅速性を求める今の時代風潮にそぐわないと多くの人が思い始めているのかもしれません。
 しかし、人類は長い時間をかけて、他の制度に比べてよりマシであるということでこの政治システムにたどり着いたのではないでしょうか。
 耳障りのよくない意見にも耳を傾け、自分の意見を押し付けるのではなく、説得しながらバランスを取っていくという根気の要る作業が民主政治の本質であることを今一度肝に銘じていきたいと思います。

2015年6月

 本州も梅雨入りして、またうっとおしい季節がやってきました。しかし、そんな天候とはうらはらに、先週末、安倍総理から嬉しい、大きなニュースが発表されました。もちろんご承知の通り、来年のG7サミットが志摩市で開催されることが決まったということです。
 この決定に至るまで、もう連休の前にも発表されるのではないかと言われていたこともあり、この一か月余り、正直相当やきもきしながら首を長くして待っていました。鈴木知事と一緒に官邸や外務省に要望したり、機会あるごとに関係者に地元の熱意やセールスポイントを訴えてきました。
 伊勢志摩は他の7都市(仙台、新潟、軽井沢、浜松、名古屋、神戸、広島)と比べて、首脳会談の開催地として立候補するのが遅く、今年の一月に入ってからでした。それまでは、関係閣僚会議の開催地としては立候補していたのですが、知事の意向もあって、急きょ年明けに首脳会談開催地として立候補登録することにしたわけです。
 その間、他の候補地が優位に立っているとか、アクセスの面で伊勢志摩は不利だとか、いろいろと噂や流言も飛び交いましたが、鈴木知事とも連絡を取り合いながら、情勢の分析や政府への働きかけの方法や手段についての策を練ってまいりました。
 そして6月5日の夕方6時25分、ドイツでのサミットに出発直前の総理の会見で発表されたわけです。
 サミットが開催されるということは、どういうことか。サミットは並の国際会議ではありません。先進7か国の首脳が年に一度一堂に会して、世界が抱える政治上経済上の重大事項を協議する場です。世界で最も注目される国際会議だと言っても過言ではないでしょう。首脳はもちろん各国政府関係者や多数のマスコミ関係者、それにおびただしい数の警備関係者が来訪することになります。サミットは単なるお祭り騒ぎではありません。これを無事に成功裡に取り運ばなければならないのはもちろんですが、各国首脳が日本の印象を伊勢志摩でどのように刻み込んでいくのか、日本国を代表して責任を問われることになる訳です。
 日本の心のふるさととしての伊勢神宮や、日本を代表するリアス式海岸の景観、そして豊富な食材など、首脳の方々に「日本」を感じてもらえる場所であることは間違いありません。
 後は、世界のトップの方々に、日本は、伊勢志摩は素晴らしいところだと実感してもらえるような対応が、我々地元の人間に求められるのではないでしょうか。頑張りましょう。

2015年5月

 ゴールデンウィークを挟んだため遅くなってしまいました。皆さんはどうすごされたでしょうか。
 私は久しぶりに、どこへも出かけることもなく、家でゴロゴロと本を読んだりテレビを見たりの骨休めの一週間でした。しかし、休みが続くと、いかに自分が趣味のない人間かということを思い知らされます。子供が小さい時は、一緒に遊んでいるだけで、あっという間に一日が過ぎたものですが、今は時間を持て余すようになってしまいました。多分、勝手に思い込んでいるのですが、同世代の多くの人も同じように感じておられるのではないでしょうか。老後の過ごし方は大変だなあというのが実感です。
 それはさておき、国会はいよいよこれから大きな山場に差しかかります。言うまでもなく安保法制の審議が始まるからです。大変難しい内容で、安全保障のことはもちろんですが、外交や資源問題にも大きく関わってくる問題です。
 日米関係が重要であることは論を待たないところですが、簡単に言ってしまえば、どこまで一緒にやるか、です。冷戦後、特にこの20年ほどで、世界の情勢は大きく変化しました。アメリカの影響力が相対的に低下したことも大きな要因ですし、他にも中国の台頭やアラブ世界の不安定化、ロシアの巻き返しやヨーロッパ経済の先行き不透明など数え上げたら限がないほどです。
 こういう時に気を付けないといけないのは、安易なナショナリズムに走ってしまうことです。世界の潮流を読み違えることなく、また日本の将来の姿も踏まえながら、その立ち位置を誤らないように国家の舵取りを考えなければなりません。今の日本はちょっと面舵が効きすぎているような気がしないでもありません。
 人間もそうですが、国も同じで、好感の持てない国がやることに対しては、どうせ旨くいかないだろうとか、極端な場合には失敗すればいいのにと根拠のない想像や思考をしてしまいがちです。
 しかし、そうした想像や思考の結果、大きな過ちや大変な失敗をしてしまった例は歴史上枚挙にいとまがありません。そして大抵の場合、後で気がついても、今更引き返せないことが多いのではないでしょうか。私自身もそういう経験が間々ありました。人間というのは結局学習しない動物なのかもしれません。 しかし、人間の場合は、迷惑がかかる範囲は限られていますが、国の場合はそれでは済みません。
 賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ。と言われます。
 経験からさえロクに学べない自分が時々情けなくなりますが、今こそこの言葉をもう一度噛みしめていきたいと思う今日この頃です。

2015年4月

 桜の花も満開となり、新しい年度がスタートしました。
 子供の頃、うちは小さな商売をやっていたのですが、従業員の人達もみな揃って、宮川堤にお花見に出かけたのを思い出します。不思議なことに、家からどうやって宮川堤まで行ったのか、車のない時代のことですし、大人はもちろんお酒を飲むわけですから、バスで行ったのか、徒歩(で行くにはちょっと遠いですが)で行ったのか、今となってはいくら思い出そうとしても、全く思い出せません。とにかく、桜の花の下での大人共のどんちゃん騒ぎを不思議な気持ちで眺めていたのを思い出します。
 後年、自分が大人になってから、あの時の父や従業員のおじさん達と似たようなことをするようになって、初めて花見の楽しさを実感するようになりました。私の生まれ育った伊勢の地は温暖な気候の地域ですが、それでも冬が終わり、薄紅色の桜の花びらがハラハラと散る中で飲みかつ食いながら春を実感する喜びは他の季節では感じられない格別な思いがあります。
 もう一つついでに昔話をさせてもらいますと、これもまだ小学生だった頃、当時は普通の家庭でコーヒーを日常的に飲む習慣などなかった時代ですが、近所の駅の構内にコーヒースタンドがありました。時折、そう、月に一度くらいだったでしょうか。父親と連れ立って散歩に行くことがあったのですが、その時は必ずと言っていいほど、そのコーヒースタンドに立ち寄ったものでした。そして、母には内緒だぞと言いながら、父はコーヒーとドーナツをごちそうしてくれたものです。今から思うと小学生にコーヒーを飲ませるというのはいかがなものかと思いますが、私にしてみれば、あの田舎でコーヒーとドーナツという非日常の、しかも異国の飲み物、食べ物に接するという、ちょっとハイカラな誇らしい気分になり、高揚感を覚えたものです。あれも確か最初は春の日のことだったと思います。そして、その後の自分の人生であの時飲んだコーヒー、食べたドーナツ以上のものに未だに出会えていませんし、多分二度と出会うこともないでしょう。それでも、今でもたまに夢に見ることがあります。過ぎ去ったことや無くなったものはすべて美しいのかもしれません。
 という訳で、私にとっての春は、花見とコーヒーとドーナツが分かち難く結びついています。
 まだ日本が貧しかった頃、田舎で生まれて育った少年が、いかにも日本らしい花見の席で何を感じ、異国への憧れにも似た思いをコーヒーとドーナツに嗅ぎ取っていたあの頃が、懐かしくいとおしく思い出されてなりません。
 そういう時代もありました。
 思えば、日本も、はるばるとよくぞここまで来たものです。

2015年3月

 3月とは言え、まだまだ北国の皆さんは厳しい寒さや降り積もった雪と戦っておられると思いますが、心なしか頬に当たる風も少し春めいてきたような気がします。
 しかし、以前ほどではないにしても、この国にはそこはかとなく閉塞感が漂っているのはどうしてでしょうか。もちろん、一つには国家そのものの将来に対する漠然とした不安があるでしょう。膨大な借金を抱え、これから人口も減っていく、高齢化も益々進んでいく。いずれ大きな問題となって露呈してくるのではないか。それと同時に自分達の将来に対する不安もあるでしょう。また、東日本大震災からの復旧や福島の原発事故が終息しないことに対しても、苛立ちにも似た思いがあると思います。貧困や格差といったことにも以前より敏感になっているかもしれません。
 こうした様々な心配や不安が、多数の媒介手段を通じて拡散されていきます。
私はしかし、これといった根拠がある訳ではないのですが、そう心配しても始まらないのではないかと思っています。今のような状況に政治が対応できることには限度があります。ある程度成り行きに任せるということにも意味があるのではないかなとも思います。政治にできることは、またやらなければならないのは最低限、本当に困った人に手を差し伸べること、国家を破綻に追いやらないように手立てを尽くすことではないでしょうか。
 私は、今日の問題の多くはネット社会が生んだ弊害だと思っていますが、残念ながら、この流れはもはや誰にも止められないのではないでしょうか。みんなが自分が中心の世界に生きるようになってしまったような気がして仕方ありません。他人との距離感がうまく取れない人が増え、またそういう人が個性的とか思い切りがいいとかで持てはやされる時代になってしまいました。
 これを修正していくのは容易なことではありません。この大きな社会の変化に比べれば、財政再建やエネルギー問題など、これまでも歴史のどこかに現れた古い問題なのかもしれません。
 こうした状況を前提にした上で、この国をこれからどういう方向に舵取りをしていくのか、政治家の見識と胆力が問われることになります。
 高浜虚子が70歳を超えてから詠んだと言われている
   「春風や 闘志いだきて 丘に立つ」  

 負けずに頑張りたいと思います。

2015年2月

 おだやかな年明けかと思われたのもつかの間、遠く離れた異境の地で日本人二人が人質に取られた上に殺害されるという事件が起こりました。
 国会でも、この事件を巡り質疑が行われていますが、事実の検証や政府の対応についての評価はともかくとして、あるいはまた自己責任云々もひとまず措くとして、我々が自覚しないといけないのは日本人もテロと無縁ではいられないということではないでしょうか。
 アラブという地域は、我々日本人がなかなか理解しがたい地域です。西欧世界がまだはっきりとした国家としての枠組みが形成されていない時代に、今の中東から北アフリカ、そしてイベリア半島までに及ぶ大帝国を築いていました。文化的にもヨーロッパよりもはるかに進んだ状態だったと思います。
 今の中東地域は、第一次大戦後、オスマントルコの支配から解き放たれて、人為的に引かれた国境線によっていくつかの国に分けられました。専門家でもない私が推測のようなことを言うべきではないかもしれませんが、おそらくアラブの人達は、これまで西欧流のシステムで規定されてきた世界秩序に対する反発と昔日の大アラブ帝国のプライドがないまぜになって、今日のような状況が招来されたのではないでしょうか。もちろん、文化も宗教も違うわけですが、基本的にはイスラム教もユダヤ教もキリスト教も同じ神をいただいています。だからこそ、問題は余計に難しくなっているのかもしれません。ひるがえって、日本はこれらとは全く違うシステムで行動してきた。特に宗教に関しては、一神教ではなく、もっと緩やかな寛容な宗教観を持っているわけですから、彼らのシステムと直接対立しようがないのだと思います。だから、これまでは日本人は中東地域では好意的に扱われてきたのではないでしょうか。
 今度の事件は、こうしたアラブ対日本の関係に変化をもたらすきっかけになるかもしれません。どういう方向に行くのかは分かりませんが、少なくともこれまでより友好的な方向に行くとは思えません。しかし、テロはもちろん許すことはできませんが、全体として対中東で敵対的になる必要はないと思います。
 ただこれからは、冒頭にも書きましたように、政府も国民一人一人も、より注意深くならなければならないということです。
 こうした事件が起こると、日本の場合、往々にして極端な議論に流されてしまう傾向がありますが、ここは一つ頭を冷やして慎重な議論と対応が望まれます。特に、今後予定されている安保法制の議論においては、今回のような犯罪行為と安全保障をしっかりと区別して扱われるように注意を怠らないようにしていきたいと思っています。

2015年1月

 明けましておめでとうございます。
 遅くなりましたが、昨年末の総選挙におきましては、力強いご支援を賜り、おかげ様で無事5回目の当選を果たすことができました。改めて厚く御礼申し上げます。
 今回の選挙の結果、さらに安定した政権基盤が確立したわけですが、実は、経済も外交もあるいは安全保障やエネルギー問題等前途には多くの難問が待ち受けています。特に経済は、世界経済にも不安定要因が増しており、予断を許さない状況だと思います。欧州でのデフレ、アジアの足踏み、ロシアの苦境、少しマシなのはアメリカくらいでしょうか。日本も成長力が思ったほど回復していません。これは昨年の消費増税の影響もあるのでしょうが、根本的には需要が伸びない中で、経済が成長する可能性はあるのかということに行き着いてしまうのではないでしょうか。今より所得が上がれば、日本人はもっと沢山食べるのか、もっと住宅を手当てするのか、もっと車を買うのか、もっと電化製品を買うのか、もっと洋服や靴を買うのか。所得が上がれば、より質の高いものに買い替える可能性はあるでしょう。しかし、量の面ではもうそんなに消費は増えないかもしれません。周りを見渡してみても、どうしてもこれが欲しいというものがあまりないような気がします。悲観論を言っているのではなく、日本人全体にもうそこそこ物は揃っていると思っているのではないでしょうか。
 では、需要を増やすためにはどうすべきなのか。もっとも過激な方策は移民をどんどん受け入れることでしょう。しかしこれは副作用が大きいかもしれません。次に、外国からのお客さんを増やす。これは現に外国人観光客の増加で一定の効果が上がってきています。が、多少水モノ的な面があり、感染症やら災害やらのイベントリスク、さらには為替レートの変動などに大きく左右される可能性があります。長期的には、やはり日本の人口が増えなければならないのでしょうが、こればかりはすぐにはどうにもなりません。
 私自身は、前にも言ったかもしれませんが、日本はもうASEANの一員になるくらいの覚悟をした方がいいと思います。すぐに受け入れられるとは思いませんが、それくらい立場を鮮明にすべき時期にきているのではないでしょうか。経済的な利害だけでなく、日本が貢献できる分野はまだまだ沢山あると思いますし、また、経済的な結びつきの強い国どうしが相互に補完し合っていくことが、政治的な安定にもつながっていくのではないでしょうか。
 戦後70年を迎える今年、もう少しダイナミックに一歩前に踏み出すタイミングかもしれませんね。

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