のりおの声

2016年12月

 12月になりました。国会は14日まで会期が二週間延長されました。
前回の続きのようになってしまいますが、この間、アメリカの大統領選挙が実施され、トランプ氏が次期大統領に決まりました。大方の予想を覆す結果だったと思います。私も正直、まさか、と思った一人です。
 考えてみますと、アメリカばかりでなく、世界中で自国第一主義の動きが広がっているような気がします。イギリスもそうですし、欧州の他の国、フランスやオーストリアでもそんな動きが出てきています。皮肉なことに、どこもいわゆる先進民主主義国です。
 民主主義というのは、時間もかかり、一部の人たち、場合によってはほぼ半数あるいはそれ以上の人たちが我慢を強いられる政治システムです。しかし、ベストではないかもしれないけれど、他の制度よりはましだということで、長い歴史の末に多くの国で選択されてきたものです。本来は国民の多数が一定の教育と生活水準に達していることを前提にしたものなのかもしれません。逆に言うと、民主主義国家において、以前よりも大きな格差が生まれ現状に何らかの不満を持つ人たちがむき出しの自己中心主義に傾き、それが民主制という選択システムを通じて、これまで抑制してきた本音や感情を表出し始めたということなのかもしれません。
 社会の安定は、建前というか、誰も面と向かって反対しにくい理念でもって成り立っているものだと思いますが、フラストレーションのレベルがそれを超えてしまったのかもしれません。
 前にもどこかで書いたかもしれませんが、私見では、本来の教育の目的は人間を偏見から解放することだと思います。もちろん意図的にむしろ特定の偏見を植え付けるために教育を利用することもあるでしょうが、これは教育ではなく洗脳か刷り込みと呼ぶべきものです。それはともかくとして、これまで、自由とか平等とか人権の尊重とかの理念の先導的な役割を果たしてきた国々において、他者に対する非寛容や差別的な動きがでてきていることに不気味さを感じずにはいられません。本音をむき出しにすることに痛快さを感じ、そういう人に拍手喝采を送るような社会は、争いと憎しみの連鎖をもたらすだけです。
 子供の時に見た「アラバマ物語」という映画の、アティカス・フィンチという弁護士が、私にとって長い間理想のヒーローでした。今でもそうです。
あれは映画の中だけの話ではなくて、まだそういう人たちは存在すると信じたいものです。
 今年も一年大変お世話になりました。良いお年をお迎えください。

2016年11月

 もう間もなくアメリカの新大統領が決まります。あまり他所の国のことをとやかく言うのは憚られますが、それにしても世界で最も影響力のある国の最高指導者を選ぶ選挙とは思えない状況だと言わざるを得ません。個人的にアメリカとの関わりもかれこれ40年近くになりますが、今度のような大統領選挙はこれまで記憶にありません。
 アメリカの民主主義というのは、欧州のように王様の圧政に対する、あるいは貴族をはじめとする支配階級に対する不満や反発から民衆が立ち上がったとされるものとは違って、初期の欧州からの移民達が自分達で町を作り、自分達で町づくりや町のルールをどうするかを話合って決めていくという、いわば草の根の民主主義だと思います。少なくとも歴史的沿革はそういうことだと思います。
 アメリカは時間をかけてこの多人種の移民国家を分裂させないように血のにじむような努力を積み重ねてきたのではないでしょうか。しかし、その彼らが今のアメリカの政治や社会に疑問を持ち始めたら、一体この国はどうなってゆくのでしょうか。今、まさにそのような状況が起こりつつあるのかもしれません。
 このことは、戦後アメリカと同盟関係を結び、ある意味、言葉は悪いですが卑屈なまでにアメリカの歓心を買おうとしてきた日本も影響を受けざるをえなくなるでしょう。その点で今度のアメリカ大統領選挙は我々も無関心ではいられません。
 それにしても、アメリカのみならず、世界中で自国中心主義への回帰の動きが出てきていることには警戒心を抱かざるを得ません。ひょっとすると、行き過ぎたグローバリズムに対する反動なのでしょうか。グローバリズムが進んで、果たして自分達は幸せになったのか、多くの人が疑問に思い始めたのかもしれません。しかも、グローバリズムというのが、いわゆる国際化ではなくて、アメリカ化だったとしたら、その本家本元で反発の動きが出てきていることに皮肉を感じてしまいます。単純なナショナリズム、一国平和主義への回帰とは思いたくありませんが、20世紀という戦争の世紀を経て人類が積み重ねてきた平和への努力が無に帰することのないようにと祈らざるを得ません。
人間というのは、歴史から何も学ばない生きものだとは思いたくないのですが。

2016年10月

 9月26日から臨時国会が始まりました。この国会において外務委員長に就任いたしましたことをまずご報告申し上げます。その他、党の財政再建特命委員会、原子力政策・需給問題調査会(エネルギー関係)の事務局長及び航空政策特別委員会の幹事長は引き続き担当することとなりました。いずれも大変難しい局面にある問題ばかりですが、非力ではありますが、精一杯頑張っていきたいと思います。
 特に外交は日本を取り巻く環境が大きく変わる可能性がある中で、非常に難しい舵取りが求められています。北朝鮮の動きや中国との関係、あるいは12月に予定されているロシアとの首脳会談、またその前に行われるアメリカの大統領選挙の行方も気になるところです。欧州ではイギリスのEU離脱による影響も注視していかなければなりません。また中東ではシリアの停戦合意も破綻してしまいました。こうした中で、日本がどういう立ち位置で振る舞っていくのか、緊張感と微妙な平衡感覚が要求されてくるのではないでしょうか。
 ざっと世界中を見渡してみて、今、国として国民が自分の国は幸せな国だなあと実感できるのはどこなのかなあと思うことがあります。先進国は活力を失いつつあり、新興国は経済成長の勢いが低下しつつあるように見えます。それ以外の途上国ではまだまだ貧困や劣悪な生活環境に置かれている国が多くあります。それ以外にもテロや内戦に苛まれている国もあり、どうもどこを見てもあまり幸せには見えません。
人間の欲望には限度がないかもしれませんし、贅沢を言えばきりがないのかもしれないということは別にして、それでも国民の幸福の最低条件はあると思います。それは多分、圧政や犯罪や外敵の侵略がないこと、飢餓の不安がないこと、この二つが最低限度の必要条件だと思います。逆に言うと、国家の最大の責務もそこにあるのではないかと思います。当たり前だと思われるかもしれませんが、この当たり前の条件を確保することが大変難しいのではないでしょうか。
 冷戦時代はそれなりに安定した世界秩序があったように思います。皮肉なことに冷戦体制崩壊後、世界の情勢はより不安定なものとなってしまいました。そして、まだ新しい世界秩序がどうなるかは混沌とした状況にあります。
だからこそ、我が国は間違いのないように立ち振る舞う必要があるのではないでしょうか。
しっかりと外務委員長としての職責を果たしていきたいと思っています。

2016年9月

 オリンピックも終わり。あの興奮も少しさめやろうとしているといったところでしょうか。しかし、開会前から心配されていたリオデジャネイロでの開催も、多少の問題はありましたが、成功したと言っていいのではないでしょうか。私は改めてブラジルという国を見直しました。ブラジルの方には失礼ですが、やはりどこか、誰かしっかりしている部分があるのでしょうね。
 人間もそうですが、国家もいろんな経験を経て成長していくものです。外から与えられるか、自ら望んでかは別にして、大きな試練を潜り抜けた時に、それが自信や誇りにつながっていくものではないでしょうか。もっともそれが過信や増長につながってしまう場合もすくなくありませんが。
 最近テレビを見ていますと、やたらに外国人が日本のこんなところを評価しているとか、日本のこんなところが素晴らしいとか、自己肯定というか自己礼賛てきな番組が目につきます。日本と日本人の良さを再認識するという意味で、私も好んで見たりしています。しかし、ひねくれた見方かもしれませんが、無理に自尊心を高めたり、自己満足を助長しようとしているように見えなくもありません。それにしても、どうしてこのように各局がこぞって同じような傾向の番組を作るのか不思議でなりません。逆にそういうところが日本人らしいと言えばそれまでかもしれませんが。
 もっと他の国の良いところもどんどんと紹介して、日本とのかかわりを分かり易く解説してくれるようなことはできないのでしょうか。あるいは、あまり人にしられていないけれど、海外で活躍し、その国で高い評価を得た日本人を紹介してもらえないでしょうか。国際化が否応なく進展し、まして少子化、高齢化で国力に陰りが見える中、日本と日本人のこれからの生き方を考える上で、単にこの国は素晴らしい、だけではなく、世界とともに生きる日本を客観的に見せてもらえればなあ、と思います。
 実は日本だけではなく、世界が大きな転換期に来ているのだと思います。新しい国際的な政治・経済の枠組みも必要になってきています。そんな状況の中で、この国がどこへ行くべきなのか、どう世界に貢献していけるのか、そんなことを考えなければいけない時代になってきているのではないでしょうか。
 暑かった今年の夏もようやく終わりを迎えようとしています。わずかながら秋の気配も感じられるようになってきました、この秋は少しじっくりとそんなことに思いをめぐらしてみようかなと思っています。

2016年8月

 長かった梅雨も明けてやっと本格的な夏がやってきました。政治の世界では先月の参議院議員選挙に続き、何かと話題になった東京都知事選挙も終わり、新内閣も発足し、少し落ち着いて内外の課題に取り組む準備が整った感があります。また、これも何かと問題が多いと言われながら、リオのオリンピックがいよいよ開幕します。普段は関心の全くない競技でも、寝不足になりながら遅くまでテレビに食い入ってしまうのはオリンピックの魔力だし、誰もが日の丸や君が代に胸を熱くするのもまたオリンピックならではのことだと思います。
 オリンピックもさることながら、私が心待ちにしているのは、イチロー選手の大リーグ通算3000本安打の達成です。これまでも多くの日本人選手が大リーグで活躍しましたし、現在頑張っている選手もいますが、これまでで私個人が最も印象に残っているメジャーリーガーはイチロー選手と野茂投手です。
野茂は実質的に大リーグで大活躍した初めての日本人ですし、イチローは言うまでもなく、おそらく野球の殿堂入りする初めての日本人メジャーリーガーになると思います。異国の地で、最初のうちは言葉も解らず意思疎通もままならない中で、実力だけで勝負をするには体力や運動能力だけではなく、強い精神力がなければ到底常人がなし得るものではありません。テニスの錦織選手も含め、日本人ここにありとの存在感と気概を大いに世界に知らしめてもらいたいものです。
 このこととの関連で思うのは、スポーツの世界だけではなく、他の分野でも世界に通用する人材の育成を図ることが急務なのではないかということです。いわゆるグローバル化がここまで進んできている中で、世界は逆に内向き志向を強めようとしているのではないかと危惧しています。ヨーロッパでは英国のEU離脱、難民問題、アメリカ大統領選候補の移民制限発言しかり、日本でも留学生の減少が指摘されて久しくなりますし、世界中がグローバル化への反動を強めているような気がします。しかし、間違ってはいけないのは国際的な多様化の流れを拒否することは決して正しい方向ではないということです。スポーツの世界で人種や国籍に関係なく誰でも実力さえあれば活躍の場が与えられることに大方の人は異論がないと思います。
 人類の長い歴史の中で、幾度となく悲劇の原因となってきた偏見や差別に捉われない人間を一人でも増やすために、日本でも国際人を育成していくことが急務ではないでしょうか。オリンピックを目前に控え、そんなことを思ったりしました。

2016年6月

 伊勢志摩にとっては一世一代の大行事であったサミット、主要7か国首脳会議も無事に終わり、正直ほっとしているところです。終わってみるとあっけない感じもしますが、開催中はもちろん、事前の準備などにご協力いただいた地元の皆さんに改めて感謝申し上げたいと思います。ありがとうございました。
伊勢志摩に限らず、三重県全体がこれだけ連日マスメディアに取り上げられたのは初めてのことであったと思いますし、しかも日本国内にとどまらず海外にも発信されたことは非常に大きな意義があったと思います。今後、この宣伝効果を地元としてしっかりと活かしていただきたいと思います。
 ところで、1月4日に召集された国会も今日150日間の会期を終えました。
我々が政権を取り戻してから3年半が経過しようとしています。その間、日本が抱える内政、外交上の難題に懸命に取り組んできました。特に、経済はデフレからの脱却と目指し、政策を総動員して取り組んできているところです。失業率も下がり、株価も上がり、企業収益も改善しました。しかし、まだまだ地方にまでその成果が及んでいないのも事実です。政府は地方創生や一億総活躍を目指して、地域と連携しながら日本全体の底上げを図ろうとしています。
 国内で消費や投資が思うように増えない原因は何なのか?経済学者は、実質賃金が十分な水準まで上がっていないから、個人の消費が増えず、したがって企業も生産を拡大するような投資を控えてしまう、と言うかもしれません。
それもあるかもしれません。しかし、より根本的な問題は、将来に対する不安、特に社会保障関係の不安が大きいのではないでしょうか。将来が不安だから、消費を控えて貯金しておこう、老後や病気になった時のことを考えて備えをしておこうという心理が一番大きいのではないでしょうか。若い世代でさえ、そういう考えの方が多いのに驚かされます。日本の社会保障制度は、国民負担との関係で言えば、世界的に見ても決して遜色はありません。ただ少子化、高齢化の進展で益々大きな財源が必要となってきているのは事実です。
 日本の経済をもっと元気にするためには、こうした将来への不安を少しでも和らげるようにしなければなりません。消費増税はさらに2年半先送りされることになりましたが、その間に地域も頑張って経済を活性化しなければなりません。特に三重県はサミット開催という大きなチャンスと恩恵を与えられたわけですから、これを最大限活用しなければなりません。これは総理から直接聞きましたが、景観の美しさや地元の食材の質の高さは、各国首脳も絶賛していたとのことです。サミット効果を一過性のものに終わらせることなく、なお一層観光客の誘致や地元産品の販路の拡大に努力を継続していただきたいと思います。
三重県南部が光り輝くよう、力を合わせて一緒に頑張りましょう。

2016年5月

ゴールデンウィークを挟んで遅くなってしまいました。
 さて、地元ではサミット開催まで残り半月あまりとなり、緊張感と期待感が高まっている状況です。ゴールデンウィーク中は、警備が厳しいから等の風聞もあり、地元観光にとってはマイナス面もあったやに聞いていますが、ぜひ今後の観光振興のテコにしていただきたいと思います。
 国会も会期残すところあと3週間となり、その後は参議院選挙(もしかして衆議院も)に突入です。ご支援をお願いいたします。
 ところで、アメリカでも大統領選挙が折り返し点を通過し、共和党は他の候補者が撤退したために、トランプ氏の指名がほぼ確実になりました。彼の言動は何かと物議をかもしているのはご存じのとおりです。以前ならとても大統領候補にふさわしいとは見なされなかったのではないかと思うのですが、トランプ氏といい、民主党のサンダース氏といい、これまでとは違ったタイプの候補に支持(人気?)が集まっています。これがアメリカだけの特異な現象なのか、あるいは今日世界のいわゆる先進民主主義国に共通するものなのか、一度真剣に考えてみる必要があるのではないでしょうか。
 トランプ氏の極端なアメリカ中心主義も、サンダース氏の社会主義的な政策も、アメリカ社会が抱えている格差やその要因であるグローバリズム、マネー資本主義とそれを推進してきたワシントン政界やウォール街のエリート達に対する不満と反感に端を発しているのではないでしょうか。政治家も経営者も目先の問題に対する利益や結果ばかりを追い求め過ぎたように思います。
 日本も例外ではありません。同じ方向に進んでいるような気がします。もっとも、世間もマスコミも性急に結果を求める傾向があるので、政界も財界もじっくり将来の課題に取り組むような余裕がないというのも事実です。しかし、それでは国の行く末を誤ってしまうのではないでしょうか。
 民主主義は時間も手間もかかるシステムです。では、民主主義以外に選択肢としてあるかと言えば、代わるものはないと言って差し支えないと思います。そして民主主義を支えるのは健全な中産階級です。有体に言えば、今、その基盤が崩れつつあるということではないでしょうか。そして、その結果がどういうことになるかは、歴史が既に証明しているところではないでしょうか。
 今求められているものは、目先の利益や短期的な変動ではなく、将来に向けての確かな見通しが持てる社会、自分だけでなくみんなが安心して暮らせる社会、つまり安定と共生ではないかと思います。若い人たちが、結婚もしない、子供も持たない大きな原因はこの辺にもあるのではないかと思います。
今一度、落ち着いた政治を見直す必要があるのではないでしょうか。

2016年4月

 天気が今一つはっきりしませんが、桜の花が満開ですね。日本人に生まれて良かったと実感させられる季節です。
 最近は日本人ばかりでなく、東京でもあちこちで花見を楽しむ外国人の姿を多く見受けるようになってきました。先日タクシーに乗ってラジオを聞いていたら、そんな外国人観光客へのインタビューが放送されていて、今回日本に来たのは、「花見をして、ラーメンを食べるのが目的だ。」と言ってる人がいて、思わず苦笑してしまいました。これを日本の文化が世界に広まっている証拠だと言っていいのかどうか分かりませんが、世の中変わったなあと思わずにはいられませんでした。まあ、逆に日本人がニューイングランド辺りに行って、秋の紅葉でも見て、ハンバーガーを食べるのと同じことかなあと思ったりもしました(昔、自分がやったことがあるのです)。
 それはともかく、政府は2020年に外国人観光客を4000万人にという新たな目標を打ち出しました。目標はいいのですが、問題も多々あります。一つは空港、もう一つは宿泊施設でしょうか。空港は特に東京は羽田も成田も受け入れの限界に近づきつつあります。地方の空港を使ってもらうには税関や出入国管理の体制も十分ではありません。それと宿泊施設。最近、やたら民泊が取沙汰されていますが、欧米でやられているいわゆるエア・BアンドBというのは個人の家の空き部屋を朝食付きで利用させるというもの。日本のように、使っていないマンションを部屋貸しするというのとは大分違います。日本でやっていることは管理や治安の面からも問題が大きいかもしれません。よくよく使い方を考えないと思わぬ問題を引き起こす可能性があると思います。
 いずれにしても、こういう形で否応なく日本にも国際化の波が押し寄せようとしています。外国人や異文化との接触は往々にして摩擦や軋轢を生じがちですが、様々な形で外国と付き合っていかざるを得ない以上、いかにして偏見や拒絶反応を克服していくかが問われることになるのではないでしょうか。外国語の習得ももちろんですが、本当に必要なのは日本人の心のグローバル化なのではないでしょうか。
 この国の将来を左右する大きな要素がそこにかかっているような気がして仕方ありません。満開の桜の花を仰ぎ見つつ、そんなことを考えている今日この頃です。

2016年3月

 ようやく春めいてきましたが。春先らしい不安定な天候が続いていますね。
 さて、伊勢志摩サミットの開催まで3か月を切り、地元でもいよいよ気運が盛り上がってきたような気がします。なんとしてもこれを大成功させて、伊勢志摩を世界に発信していきたいと思いますので、地元の皆さんのご協力を切にお願いしたいと思います。
 ところで、国会では衆議院議員の定数改定の話がかまびすしくなってきています。どういう方式で見直すのかまだ確定はしていませんが、どのように見直しても、わが三重県は定数が一つ減らされることは間違いありません。
 個人的には、議員定数をその時々の人口だけで決めてしまっていいのかという気はします。国会議員は国政を担うというのはもちろんですが、地域の代表として地域の意見や要望を国に伝えるという役目もあるはずです。
 このままでは都会の議員定数ばかりが増えて、地方の議員数はどんどん減っていくということになってしまいます。都会の選挙区では、ある選挙から次の選挙までの間に人口の何分の一かは入れ替わってしまうと言うところも少なくありません。そういう人たちにとって、国会議員は自分たちの地域代表だという意識がどれくらいあるのでしょうか。残念ながら、現行の憲法では人口以外の要素を考慮するような体系にはなっていません。
 日本で地方の衰退が叫ばれ始めてから、どれくらい経つでしょうか。政策面でも地方創生や地域振興の重要性が取り上げられて久しくなります。なかなか特効薬がなく厳しい状況であるのは事実ですが、ここであきらめる訳にはいきません。都会だけで国が成り立っている訳ではないのですから。
 本来なら、憲法改正論議はこの問題から始めてもいいくらいではないでしょうか。今、世界中がいわゆる格差の深刻な問題に直面しています。それは、所得の格差であったり、資産の格差であったり、あるいは世代間の格差や男女間の格差であったりですが、もう一つ地域間の格差もあることを忘れてはいけないと思います。議員定数に関して言えば、都会の方が一票の価値が軽すぎて格差があると言われるかもしれませんが、経済や利便性の格差は歴然としているのですから、なんらかの方法でバランスを取る必要があるんだと思います。議員定数と関係ないと言われるかもしれませんが、地方の声を国政に反映させるためにはやはり議員の数は無視できない大きな要素の一つだと思います。
 地方は都会に従属するために存在しているのではないし、また今は都会で生活している人の多くが地方の出身者だということも忘れてはならないのではないでしょうか。
 都会と地方がバランスよく共存してこそ国家は存立していけるのだと思います。

2016年2月

 国会は甘利前経済財政担当大臣の辞任劇がありましたが、予算委員会もそれほど遅れることもなく、来年度予算の審議が進められています。
 他方で、経済は中国経済の低迷や原油安等の影響がじわじわと日本経済にも影響を及ぼしつつあります。そうした中、日銀がマイナス金利を決定しました。企業の投資や個人の消費が思うように増加しないために、金融機関が日銀に預ける預金の金利をマイナスにして、市中にお金をもっと回して消費や投資を刺激しようということだと思います。ただ、人口減少や高齢化が進み国内の需要が中々増えない中で、金融政策での対応は限界もあると思います。
 総じて、高齢者よりは若い人の方が消費にお金を回す割合は高いものです。ですから、理屈の上では若い人たちにお金を回すようにすれば消費は増えるし、それに応じて企業も投資を増やすかもしれません。では、財政政策や税制改正で若い人に早くお金が回る仕組みを作ればいい、ということになるのですが。
 ところが、若い皆さんと話をしていると、まあ、そんなに欲しいものはありませんとか、お金があれば老後に備えて貯金をするとか、収入もそこそこあればいい、といった答が返ってきます。生まれた時から、物はほぼすべて揃っているし、あくせく競争をして、わずらわしい人間関係に悩んだり、ストレスを溜めたりするより、そこそこの暮らしができればいいと考えている人が増えているように思えます。長引くデフレ状況の中で育ち、そんなに贅沢はできなくても物質的には飢えることも寒さに凍えることもなく育ち、外の世界との関係は対面する人間関係ではなく、パソコンやスマートフォンを通じてつながっている。今一番我々が考えないといけないのは、若い人たちが漠然と抱いている、将来に対する不安と不満、これをどうしたら取り除くことができるのかということではないでしょうか。
 人間の心の中には、誰でも、自分のためだけではなく、誰かのために役立ちたい、誰かから必要とされたいという思いがあるのではないかと私は思います。人間を社会に出ていこうという気にさせる推進力はそういうものだと思います。
日本人がそうした気持ちになれるかどうかは、経済政策だけでは難しいし、そんなものではもう日本人は心を動かされなくなっているのかもしれません。古臭く聞こえるかもしれませんが、名誉や人のために役に立ちたいという自己犠牲の行為に大きな価値があるということに今一度思いを馳せる時期に来ているのかもしれません。それは誰の心にも必ずあるはずです。
 最後は結局教育ということなのかもしれません。二十年かかろうが三十年かかろうが、それをやる価値はあるのではないでしょうか。

2016年1月

 皆様、明けましておめでとうございます。ぽかぽか陽気の異常なほど暖かいお正月でしたが、いかがお過ごしでしょうか。
 今年はいよいよ地元伊勢志摩で先進国首脳会議、サミットが5月26、27日に開催されます。なんとしてもこれを大成功に導き、伊勢志摩を世界に向けて発信していきたいと思います。
 しかし、世界を眺めてみると、テロの頻発や経済の不安定化など決して楽観できる状況ではありません。欧州ではテロと難民問題、そしてユーロ圏の揺らぎ、ロシアとの確執等。中東はISへの対応に加え、サウジアラビア他とイランとの対立。アジアでは中国経済の失速や南シナ海問題、北朝鮮の核実験等々。アメリカでは昨年12月の金利引き上げにより、世界経済の潮目が変わろうとしています。これまで世界中にばらまかれてきたドルが収縮の方向に向かい、新興国は中国経済の影響もあって苦境に立たされるかもしれません。これまで実物経済とはいささか遊離した動きを見せていた株価や商品価格も影響を受け始めるかもしれません。日本経済は比較的順調に推移してきていましたが、いずれ近いうちにこうした国際経済の変化に晒されることになるでしょう。
 私は、こうした時こそ、日本は国内の足腰をもう一度鍛え上げる必要があるのではないかと思います。特に、地方と若い世代の人達が前向きに生きていける環境を作り出すことが急務ではないでしょうか。
 地方は人口減少と高齢化に七転八倒しています。若い世代は自信も希望も意欲も諸外国と比べて格段に低い状況です。平成26年の内閣府の若者の意識調査を見ると、例えば、自分自身に満足している人の割合は、日本は45.8%なのに対し、最高のアメリカは86%、日本の次に低い韓国でも71.5%です。また、「うまくいくかわからないことにも意欲的に取り組むか」との問いに対しては、日本52.2%、次に低いスウェーデンが66%、一番高いフランスは86.1%となっています。他にもいくつかの項目がありますが、総じてこうした傾向が顕著になっています。問題は何故こうなってしまったかです。
 地方の問題と若者の問題は一見別物のように見えますが、私には根っこは同じように思えます。成熟国家として生活水準がある程度のレベルに達し、物質的には本当に欲しい物はがないとか、都会に行けば楽しいことも多く、煩わしさも少ないとかもあるでしょう。もう一つは自由になった結果、疎外感や孤独感を味わう羽目になったこともあるでしょう。
 二つの問題を同時に解決するのは難しいかもしれません。が、若い世代は一度、地方で仕事、それも農業でも漁業でも林業でもいい、肉体労働をしてみてはどうでしょうか。政治はそれを支援すべき時に来ているのかもしれません。
 年の初めに感じさせられたことでした。

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